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文学研究者ならではの視線で独自のミステリー作品を生み出す

国際文化学部国際文化学科
前川 裕教授

  • 2019年4月19日 掲載
  • 教員紹介

大学教授であると同時に、人気作品を生み出すミステリー作家の顔も併せ持つ前川裕教授。文学の研究者としての視点を創作に盛り込みながら、精力的に執筆活動を続けています。

研究者として得た理論を小説家として自分の作品で実践する

日本文学と西洋文学の比較研究に、長年取り組んできました。
文学作品には、その国の文化が色濃く含まれているので、翻訳にあたっては文化的な差異という悩ましい問題が生じます。例えば、数多くの日本文学作品を世界に紹介したエドワード・G・サイデンステッカー氏の翻訳は、一語ずつ辞書を引きながら言葉を置き換えたような英訳ではなく、言外のニュアンスもくみ取って意訳された文章です。

厳密にいえば誤訳かもしれませんが、日本文化を知らない外国の人でも作品を楽しみやすくなります。その巧みな英訳が、川端康成をノーベル文学賞受賞に導いたともいわれているほどです。文学作品の翻訳は単なる言語の置き換えではなく、文化の置き換えが必要なのです。

近年、着目しているテーマが小説の「終わらせ方」です。近代小説を対象に、どのように構成され、どのようなエンディングを迎えているのか、作者の意図を検証しています。中でも、ストーリーが途中から予想外の方向に急転する「ぺリペティア(どんでん返し)」※1の技法に関心を寄せています。

小説の構成を探究することは、私にとって「実践知」の体現でもあります。研究者の視点で得た理論を、小説家としての作品づくりで実践する。そんな相関関係が出来上がっています。

虚構とリアリティーを融合させ現実味ある恐怖を描き出す

光文文化財団が主催する日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞したことを機に、6年前から文壇の仲間入りを果たしました。思春期の頃から習作を書きため、いつか小説家になることを夢見ていたので、遅咲きながら実現したことはうれしかったですね。

二足のわらじを履くことに迷いを覚えたこともありますが、大学に籍を置く研究者の一面を保ち続けていることは、自分の創作活動にも良い影響を与えていると感じています。

虚構の物語とはいえ、作品の中にはリアリティーが融合されています。作品の執筆にあたっては、実際の事件からヒントを得て、発想を膨らませることがあるのです。

例えば、文中で日付を指定するときは実際の天気を調べ、事実に即した記述にします。また、警察用語などにも注意します。行方不明の人を探す「家出人捜索願」は、2010年に施行された規則により「行方不明者届」と名称が変更されたので、設定した年月によって名称の書き換えが必要になるからです。

臨場感のある描写にするため、作品の舞台に選んだ場所に出向いて、登場人物の行動が不自然にならないことを検証することもあります。

創作ながら、実際にも起こりうるような現実味のある犯罪を扱う作風が自分の持ち味なので、リアリティーにはこだわっていきたいですね。

小説『クリーピー』は、タイトル通り「なんともいえない気味の悪さ」を描いた作品です。その印象が強いせいか、出版社からは「怖いミステリーを書いてほしい」という依頼ばかりが来るのですが、私自身はミステリー作家だとは思っていないんです。機会があれば、純文学や純愛小説など、新たなジャンルの作品にも挑戦していきたいと考えています。

時代を生き抜く知識や知恵を活字から学びとってほしい

法政大学の教壇に立つようになって、36年がたちました。その間の学生たちの変遷を見ていると、活字離れが進み、活字への抵抗感が強まっていると感じるのは教育者として残念です。

ただ幸い、私の場合は作品の映像化に恵まれました。映画化された『クリーピー』に続き、2016年に出した『イアリー 見えない顔』が衛星放送のWOWOWによって連続ドラマ化され、学内で記念試写会を開催していただいたことは、とてもありがたいことです。「人気俳優をひと目見たい」という動機からでも、多くの学生が集まり、映像に触発されて小説を読んでみようと思うきっかけになってくれたらいいと感じています。

時代を生き抜く総合的な知識や知恵は、活字媒体によって読解力や想像力を磨くことで養われると信じています。これからも、学生たちの興味を刺激するような、いい作品を書いていきたいですね。

風変わりな個性でも、小説家であり、教育者であることを自分の強みにしたい

小学生の頃から、読書を趣味にしていました。樋口一葉の『たけくらべ』は、今でも好きな作品ベスト5の中に入っています。ほかにも、堀辰雄の『風立ちぬ』、『麦わら帽子』などに影響を受けて、中学生になったら純愛小説などを書き始めていました。

日本ミステリー文学大賞への応募をきっかけに賞をいただいたことから、今ではミステリー作家と呼んでいただいていますが、自分の作品は、厳密にはミステリーと言えないのではないかと思っています。ジャンルにはこだわっていないので、いつか純文学作品を書いてみたい気持ちは、今でもあります。

正直に言うと、大学教員になったときは、小説家になる夢をかなえるまでのつなぎとして考えていたので、本意ではありませんでした。父も大学の教授だったので、同じ職業に就くことに、多少のためらいを感じていたせいもあります。大学院に進んだのも、時間稼ぎのような感覚がありました。最終的には、自分で教員になることを決めたものの、いつかは小説家にという夢を抱き続けていました。

ようやく夢がかなって小説家になれた今では、これからも教育者であり続けようと思っています。それは、作品づくりのためでもあります。

受賞作品の『クリーピー』を改めて読み返すと、一つの段落が長く、文章は硬い。ストーリー展開も独特。おそらく、長年教育者として生きてきたからこそ身に付いたものです。完成度は荒削りでしかないのですが、それらを作家の風変わりな個性で面白いと感じてもらえたようです。

そこが評価されているのだとすれば、大学教授の立場を無くしてしまったら、自分の持ち味が薄れ、作品も面白くなくなってしまうかもしれない。教育者としても、現在の学生は幅広く世間が受け入れるものを求める傾向があるので、両方のバランスをとっていくのがいいのだろうと考えています。

近頃の学生の風潮を見ていると、好き嫌いが一律で、みんなに合わせている感じがあります。人とは違うことを受け入れたり、同調に抵抗したりすることを恐れないでほしい。風変わりな個性があったからこそ、夢がかなうこともあります。自分は何がしたいのか、これでいいのか。自問自答しながら、自分の個性を大切にしてほしいですね。

※1 ペリペティア:アリストテレスが『詩学』の一節で分類した、予想とは逆の結果が生じる意外な展開のこと。

2012年3月15日、第15回日本ミステリー文学大賞新人賞の贈呈式で(写真提供:光文社)

前川 裕教授
国際文化学部国際文化学科

1951年東京都生まれ。一橋大学法学部法学科卒業後、東京大学大学院人文科学研究科比較文学比較文化専攻修士課程修了、博士課程中途退学。文学修士。群馬大学教養部専任講師を経て、1982年より第一教養部専任講師として本学に着任。1989年より同学部教授、2003年より国際文化学部教授となり、現在に至る。2012年に日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。最新作は『クリーピー クリミナルズ』(光文社文庫)、『真犯人の貌川口事件調査報告書』(光文社)。

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