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血管に優しい筋トレの方法とは?(スポーツ研究センター 森嶋 琢真 特任・任期付講師)

  • 2020年9月21日 掲載
  • 教員紹介

2019年度に受賞・表彰を受けた教員の研究や受賞内容を紹介します。

森嶋琢真特任・任期付講師は、「第27回日本運動生理学会大会 大会奨励賞」(日本運動生理学会)を受賞しました。

口頭発表「短時間のサイクリングはレジスタンス運動後における血管内皮機能の低下を回復させる」

筋力トレーニング(以下:筋トレ)は健康増進にとって諸刃の剣

近年の「筋トレブーム」によって、もはや筋トレはアスリートだけのものではなくなりました。現在では、老若男女を問わず健康増進の為の筋トレが浸透しつつあります。確かに、筋トレは骨格筋の肥大(筋肉を大きくする事)を通して、基礎代謝量の増加や、糖・脂質代謝の改善、骨密度の増加など、健康増進上の様々な恩恵を与えてくれます。しかし、このような恩恵に比べて、筋トレの弊害についてはあまり知られていません。それは、筋トレによる動脈硬化の促進です。2007年に発表された研究では、長期間筋力トレーニングを継続した筋力系アスリート(アメリカンフットボール選手、やり投げ選手など)は、一般成人と比較して動脈が硬い事が報告されました。また、一般成人であっても、筋トレを一定期間継続すると、動脈が硬く変化する(動脈硬化が促進する)事が分かっています(図1)。健康になる為に筋トレをしているのに、動脈硬化が促進してしまっては本末転倒です。では、なぜこの様な事が起こるのでしょうか?

血管の健康に重要な「血管内皮機能」

血管は輪切りにしてみると三層構造をしており、外から順に外膜、中膜、内膜で構成されています。三層のうち、最も内側に位置している内膜には血管内皮細胞があり、この細胞が血管の健康に関わる様々な物質を分泌します(図2)。近年の研究では、血管内皮細胞の機能を正常に保つ事が、血管の健康を守る為にきわめて重要である事が明らかにされつつあります。この血管内皮細胞の機能は、「血管内皮機能」と呼ばれ、将来の動脈硬化を予測する重要な因子とされています。つまり、血管内皮機能が低下すると、今現在は血管の硬化を起こしていなくとも、将来的に血管が硬化する危険性が高い事が分かっています。興味深い事に、筋トレと血管内皮機能の関係を調べた我々の研究では、高強度の筋トレを1回行うと、少なくとも60分間は血管内皮機能が低下し続ける事が明らかになりました。長期的な筋トレによる身体の適応は、1回1回のトレーニングの積み重ねにより生じます。したがって、1回の筋トレ後に生じる血管内皮機能の低下が積み重なる事で、長期的に血管の硬化(動脈硬化)を促進させている可能性があります。

先述したように、筋トレ自体は健康増進にきわめて有効なものです。したがって、より安心・安全に筋トレを行う為には、「血管内皮機能を下げずに筋トレをする方法」を開発する事が非常に重要です。我々は、この目的を達成する為にプロジェクトを立ち上げ、研究を進めてきました。具体的には、血管内皮機能を改善し、血管を柔らかくする効果がある有酸素性運動(ウォーキング、ジョギング、サイクリングなど)に着目しました。非常にシンプルな発想ですが、「筋トレ後に有酸素性運動をすれば低下した血管内皮機能が回復するのではないか?」と考えたのです。

筋トレ後に行う有酸素性運動の効果

実験では、17名の男性に、筋トレのみを行う条件と、筋トレ後に10分間の有酸素性運動(サイクリング)を行う条件を異なる日に実施してもらい、運動後における血管内皮機能の変化を調べました。筋トレは膝を曲げ伸ばしする運動を10回5セット行うもの(非常にきついです)、有酸素性運動は被験者さん自身が「楽である-ややきつい」と感じる運動でした。その結果、筋トレのみの条件では、これまでの研究結果と同様、筋トレ後に血管内皮機能が低下し、60分間低下し続けました。一方、筋トレ後に10分間の有酸素性運動を行った条件では、血管内皮機能は筋トレ後に一旦大きく低下するものの、その後10分間の有酸素性運動によって回復しました(図3)。したがって、筋トレ後に有酸素性運動を(少なくとも)10分間行うことで、低下した血管内皮機能を回復できる事が明らかになりました。ちなみに、別の実験で筋トレ「前」の有酸素性運動の効果も調べましたが、残念ながら事前の有酸素性運動では筋トレ後に生じる血管内皮機能の低下を防ぐ事はできませんでした。おそらく、有酸素性運動の効果が、その後に行われる筋トレの影響に打ち消されてしまうのだと予想されます。したがって、血管の健康を保つという側面から考えた場合、筋トレを先に行い、その後に有酸素性運動を行う順序が適切であると考えられます。

受賞の感想および今後に向けての展望

今回、上記の研究内容を第27回日本運動生理学会大会で発表し、大会奨励賞を頂く事ができました。「血管内皮機能を下げない筋トレの方法」を具体的に明らかにでき、一定の評価を頂けた事は大変嬉しく思っています。しかし、まだまだ解決すべき課題は山積しています。例えば今後は、筋トレ後の有酸素性運動を長期的に続けた場合、本当に血管は硬化しないのか否か?を明らかにする必要があります。また、事前に摂取しておけば筋トレ後にも血管内皮機能が下がらない栄養素(サプリメント)の発見にも興味があります。これからも、運動やスポーツの現場に潜む疑問や課題をひとつひとつ解決し、研究成果を社会へ還元できるよう、精進していく所存です。

法政大学スポーツ研究センター

森嶋 琢真 特任・任期付講師(Morishima Takuma)

立命館大学大学院スポーツ健康科学研究科博士課程後期課程修了
博士(スポーツ健康科学)
ミズーリ大学栄養運動生理学部研究員、筑波大学体育系研究員を経て現職
専門はトレーニング科学、運動生理学


※所属・役職は、記事掲載時点の情報です。

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